クリムトと美術オークション

その現代美術的意味
「表現の不自由展・その後」を巡って

  クリムト展と
「あいちトリエンナーレ2019」は
同じ時期に開催されていた。

8/1から始まった「あいちトリエンナーレ2019」の
一部の作品が、開催後数日でさまざまな理由から
”好ましくない”ということで展示中止になった話が、
テレビのニュースやインターネットで報道された。
この話題は、「美術」の話題としては意外に
大きく扱われ、またインターネットなどでも
「表現の自由」を巡った意見の表明などが
いまだに続いている。

具体的には愛知県美術館の「表現の不自由展・その後」
というコーナーに、韓国の慰安婦像を思わせる
少女の坐像や昭和天皇の写真を焼くような作品が
展示されていて、それを見た名古屋市長の
河村たかし氏が、
「日本国民の心を踏みにじる行為」として、
主催者である愛知県の大村知事に
「『適切な対応』を求める抗議文を提出した」
ことなどがきっかけとなり、
トリエンナーレの実行委員会が
中止の判断をしたという事件だ。

うちにも展覧会の案内状が来ていたが、
同じ時期に豊田市美術館でやっていた
「クリムト展」は見たが、
「あいちトリエンナーレ2019」には行ってなく、
問題の作品も直接は見ていないのだが
感じることは色々あった。
クリムトの天井画事件

一方の豊田市美術館では、
19世紀のオーストリアの画家で、
オークションで落札価格のトップを争うこともある
ギュスタヴ・クリムト(1862-1918)の展覧会が
開かれていた。

(今年はクリムト没後101年目になるのですね。)

豊田市美術館も、これまでずっと
「現代美術」中心の展示だったが、
少し前から方向性を大きく変えて
”ノーマル”になった感じだ。

そのクリムト展の中で、クリムトが1894年にウィーン大学の
大講堂のために依託された天井装飾画の3作品が、
「大学の意向と全く異なるものということで大変な
論争となった」
という事件のことが出ていた。


自分も天井画を描くので興味深い話だった。
大学がクリムトに臨んでいたのは「理性の勝利」という
ちょっと固い感じのクールなものが
あったようだ。

しかし、
女性のあからさまな裸像などを良く描いている
クリムトに天井画を頼んだのだから、「理性の勝利」と言うよりは、
”裸の女性”がじゃんじゃん登場するのは
分かっていたことだと思うが、
実際にその天井画の下絵を見た大学側は、
「エロ過ぎる」「理性の勝利ではない」「退廃的」
などの理由で
拒絶反応を示したという。

クリムトは、その批判に対して、
「まっぴらだ。自衛するよ。この不愉快な、
仕事の邪魔をするすべてのくだらないことから
解放されたいんだ」
と言って、もらっていた前金を大学に返し、
天井画の仕事を断ったそうです。

クリムトとしては、大学から仕事の依頼があったことは
嬉しかったと思うが、
その内実を知って、これは「自分が表現しようとしている芸術の死」に繋がると
直感したのでしょう。

※実際は天井画は描かれたようだが、
大学には納められず、その後ナチスに接収され
燃やされて現存しないらしい。
あいちトリエンナーレとクリムト


さて、もしクリムトが、自分の絵を拒絶したウィーン大学に
「表現の自由」を主張したり、
「前金を返さない」とかの行動に出たらどうだろうか。


おそらく今のクリムトはいないだろう。
彼はそれは「くだらないこと」だと思ってさっさと
自分の仕事の戻っている。
クリムトにしてみれば、そこで頑張って時間を
無駄にするより、自由でいたかったのだ。

一方で、頼んだ大学のほうは、
「クリムトは有名画家」という以外に
彼の絵をよく知らなかったり、
大学内にもさまざまな異なる意見や立場があり、
まとめ切れなかったのだろう。

また当時の大学が、
いかめしい権威主義や、科学・理性万能主義に
支配されていて
自由な雰囲気を失っていたのかもしれない。

クリムトは「隷属的な仕事」より「自由」を求めて
そこから離れている。

もし本当に芸術家が「表現の自由」を求めるなら、
税金に頼らずに自分のお金で自由に表現すればいいし、
そのチャンスはいくらでもある。
それをしないであえて人のお金で何かをするのならば、
そこに完全な自由はありえないということは
知らなければいけないし、
そもそも「税金を使って美術をやる」と
色々問題は出てくる。

今回の「あいちトリエンナーレ」の問題は、
個人が自己責任でした自由な表現を制限された、
というわけではなく、公の税金を使った公共性の高い
文化行事が、一部の偏った政治的表現に
ジャックされたようなもので、
それを公立美術館がわざわざやる必要があるのか?
という疑問が一般的にはある。

野球で言えば、中日ドラゴンズの選手起用に、
河村たかし名古屋市長や大村愛知県知事や
県の職員が、「どこそこの選手を起用して欲しい」という口出しをしない。
それをやれば害になるだろう。

そんなことをするより、健全な芸術財政を考えるのであれば
今回の10億以上の予算を
納税者に返して好きな絵や彫刻を自由に買わせた方がよい。
それを美術館に寄付してもらえばいい。
そのほうがよほど豊かで多様な芸術を生み出す
ことになるだろう。

その中から成功する芸術家が出てこれば
その芸術家は、税金を使う側ではなく、納める側になって行く。
その方がすべてが上手く。
今回「あいちトリエンナーレ」で選ばれた芸術家は、
そもそも納税しているのか?
「現代美術」系の芸術家は、
税金をあてにしてる人が多いような気がする。

「神曲2020」展のところでも書いたが、
「現代美術」の頂点には
便器を崇めるような作品が
君臨している。

その意味でも、今の芸術行政は、多くのマイナスを生んでいる。
トヨタ自動車がお金を出して買った
クリムト

「あいちトリエンナーレ」というものは、
美術文化のために無くてはならないものではない、
むしろ行政が美術文化にこのような形で関わることは
マイナスが大きい、と思う。

豊田市美術館や愛知県美術館が所蔵している
クリムトの絵は、どちらも10億円以上の価格だが、
クリムトは、100年近い時代の検証を経て、
その評価をっ確立している画家だ。
その絵がいい絵かどうかは別にしても、
欲しい人がたくさんいるから高額になっっている
ということは言えるだろう。

その購入資金を出したトヨタ自動車は、
始まりは、国に保護されて大きくなったのではなく、
豊田佐吉の跡を継いだ豊田喜一郎が、
鉛筆の背中をセロテープでくっつけてまでして、
経費を節約するような血のにじむような
努力を重ねて富を蓄えた民間企業だ。
その中から「芸術のために」と多額の資金を
提供してくれたものが
「クリムト」の絵となった。


(写真) 
人生は戦いなり(黄金の騎士) G.クリムト 1903年
愛知県美術館所蔵
2017年に最高額で落札された
レオナルド・ダ・ヴィンチ作と言われる絵


話は変るが、絵のオークションの話が出たので、
今一番高い絵は何か調べてみた。


これは「モナリザ」で有名な
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたとされている
「ラスト・ダ・ヴィンチ」、あるいは「男性版モナリザ」とも言われる
イエス・キリストを描いたとされる絵で、2017年の
クリスティーズのオークションで
495億円で落札された。(※)


10年くらい前のオークションでは、
ピカソやクリムトや
アメリカのポロックの絵が、100億円台で
トップを争っていた記憶があるが、
今は200億、300億を軽く超え、
500億円近いところまで行っている。

しかも・・・
10数年前には、この絵はわずか100万円ほどで
売り買いされていたらしい。
そのくらいの値段であれば、
日本のサラリーマンであっても買えただろう。

その前は6000円くらいだったそうだ。
それなら自分も買えた。

ちなみにこの絵のタイトルの
「サルバトール・ムンディ」は、
”世界の救世主”
という意味だ。

それはイエス・キリストのことだが、
この絵を買ったのは、
イスラム教の国のアブダビの文化観光局とされている。

しかし本当の購入者は、
サウジアラビアの王子ムハンマド・ビン・サルマーンで、
彼は王室を批判するカショギ氏殺害事件の
黒幕であるとも言われており、
そのこともあってか、この絵が展示される予定の
「ルーブル・アブダビ」での展示が
無期限延期になっているそうだ。

※落札手数料を含めると510億円
日本人が買ったら、これに消費税がつくのだろうか。
二番目に高い絵は・・・


2番目に高いのは、この絵だ。


ウィリアム・デ・クーニング作『インターチェンジ』1955年


こちらは334億円で、購入者は
アメリカのヘッジファンドマネージャ-の
ケネス・グリフィン。
シタデル・インベストメントの創業者で、
彼の年間報酬は1700億円。

また「ヘッジファンド」とは、
「富裕層や機関投資家から資金を集め、
ハイリスク・ハイリターンの運用をする
投資組織のこと。」
(知恵蔵より)

とある。


「ウィリアム・デ・クーニング」という
作者やその作品より、
「ヘッジファンド」とは何か?
という方に関心が行ってしまうが、
「ウィリアム・デ・クーニング」や
「ジャクソン・ポロック」
という
アメリカの現代画家の絵を、
一生懸命買い支えているのが
このような
超アメリカ的な成功者である。


ケネス・グリフィン氏ほどの財力があれば、
レオナルド・ダ・ヴィンチ作
「サルバドール・ムンディ」
を落札することも
出来るだろうが、彼はそうではなく、
アメリカ人の画家の絵にこだわって
購入していると思う。
グリフィン氏、同時購入の
J.ポロック



年棒1000億円以上のグリフィン氏が、
クーニングの絵と一緒に購入した絵が、
このジャクソン・ポロック「ナンバー17A」
という作品。

制作年: 1948年
価格: 約2億ドル
購入日: 2015年9月
購入者: ケネス・グリフィン

どちらも元の所有者は
デヴィッド・ゲフィンという人で、
アメリカ現代美術のコレクターです。
スピルバーグたちとドリームワーク(Dream work)
の設立に関わった人です。

レオナルド・ダ・ヴィンチの
「サルバトール・ムンディ」が、
1958年頃6000円だったなら、
「自分でも買えた」
と書きましたが、
クーニングやポロックの絵を見て
「自分でも描ける」
と思った人はいると思います。

ただ彼らは、そのような絵を
死に物狂いで描き、
またアメリカ政府はまた別の理由で
彼らの絵を
命がけで売り出し、また買い支えていた
という事実はあります。

このあたりは、絵画が
文化的な戦争の武器として使われているということです。

2019/9/8